航空のPAVEを、仕事の意思決定へ
「このまま進めて大丈夫だろうか」。仕事をしていると、そう思う場面があります。その「立ち止まって考えるための仕組み」を業務に作れないかと考え、着想を得たのが航空分野の「PAVE」でした。
担当者が疲れている。人手が足りない。必要な情報が揃っていない。納期が迫っている。それでも「やらなければならない」という空気がある。
こうした状況では、本来なら一度立ち止まって考える必要があります。
しかし実際の仕事では、
「ここまで来たのだから進めよう」
「納期に間に合わないから仕方がない」
「今まで問題なかったから今回も大丈夫だろう」
と、そのまま進んでしまうことがあります。
私は、この「立ち止まって考えるための仕組み」を業務の中に作れないかと考えました。
その着想の一つになったのが、航空分野で使われるPAVEという考え方です。
PAVEは、飛行に伴うリスクを4つの方向から整理するための考え方です。
FAA(米国連邦航空局)が示しているPAVEでは、次の4つに分けてリスクを確認します。
かなり単純化すると、
P:自分は大丈夫か
A:飛行機は大丈夫か
V:周囲の状況は大丈夫か
E:無理をしていないか
という確認です。
たとえば、操縦士が健康で、機体にも問題がなかったとしても、目的地の天候が悪ければ飛行にはリスクがあります。
逆に、天気も機体も問題なくても、「今日中に絶対帰らなければならない」という強い焦りがあれば、それ自体が判断を歪める要因になります。
PAVEの優れているところは、危険か、安全かを一つの数字だけで決めるのではなく、危険につながる要因を分解して見るところにあると私は考えています。
航空機を飛ばすことと、一般的な業務は当然同じではありません。
しかし、人が、限られた情報と資源の中で、何らかの判断をして行動するという点では共通する部分があります。
たとえば、仕事で次のような状況があったとします。
一つ一つを見ると、どれも職場では珍しくないことです。
ところが、これらが同時に重なるとどうでしょう。担当者は、
「まあ、やるしかない」
という判断をしてしまうかもしれません。
ここで問題になるのは、
危険な状態なのに、その危険を整理せず、一つの塊として受け止めてしまうこと
です。
そこで私は、航空のPAVEの考え方をそのまま仕事へ持ち込むのではなく、業務用に再構成しました。それがWork-PAVEです。
私が考えているWork-PAVEでは、PAVEを次のように定義しています。
| 項目 | Work-PAVEでの意味 |
|---|---|
| P:Person | 人の状態 |
| A:Assets | 業務に使える資源・能力 |
| V:Variables | 変動要因・不確実性 |
| E:External Pressures | 判断に影響する圧力 |
これはFAAの正式なPAVEではありません。航空分野のPAVEから着想を得て、私自身が業務上の意思決定支援用に再構成したものです。
航空のPAVEでは、最初にPilot、つまり操縦する人間を確認します。Work-PAVEでは、これをPersonとしています。
見るのは、たとえば次のようなことです。
仕事では、設備や手順ばかりに目が行きがちですが、実際に業務を行うのは人です。
たとえば、「昨日ほとんど寝ていない担当者」と、「十分に休息を取った担当者」では、同じ仕事でも条件は違います。また、「その業務を10年間行ってきた人」と、「今日初めて担当する人」でも条件は違います。
Work-PAVEでは、
人間を業務条件の一つとして見る
ことを重視します。これは、人を責めるためではありません。むしろ、今の状態で無理をさせていないかを確認するためです。
航空ではAircraft、つまり機体を確認します。しかし一般業務では、必要なのは飛行機だけではありません。そこでWork-PAVEではAssetsとしました。
Assetsには、たとえば次のようなものを含めます。
つまり、
この仕事を実行するための資源が本当に揃っているか
を見る項目です。
「担当者が頑張れば何とかなる」という状態は、Personの能力でAssetsの不足を埋めている可能性があります。それが一時的であれば問題にならないこともあります。しかし、それを通常運用としてしまうと、業務が人の能力や善意に依存します。Work-PAVEでは、そこを分けて考えます。
航空のPAVEでは、Environmentとして天候、地形、空港、空域などを確認します。Work-PAVEでは、これをもう少し広く捉えてVariablesとしています。
Variablesとは、変動するもの、不確実なもの、自分たちだけでは決められないものです。たとえば、
などです。
仕事では、「予定どおり進むこと」を前提として工程を作ってしまうことがあります。しかし実際には、仕事には自分では制御できない要素がかなりあります。
そこで、
何が変わる可能性があるのか
を最初から独立した項目として見る。これがVariablesです。
私は、この項目を特に重要だと考えています。航空のPAVEにもExternal Pressuresがあります。Work-PAVEでも、この考え方は残しています。
たとえば仕事では、
などがあります。
表面上は誰からも強制されていなくても、
「ここで止めたら迷惑をかける」
と自分自身が思い込んでいる場合もあります。つまりExternal Pressuresは、単純な外圧だけではありません。外から受けた圧力が自分の中に取り込まれ、判断に影響している状態も含めて考えます。
危険なのは、
「できるかどうか」ではなく、「やらなければならない」で判断してしまうこと
です。
Work-PAVEでは、P・A・V・Eを整理します。しかし、単純に
P 80点 A 90点 V 40点 E 70点
平均70点だから実行可能
という考え方にはしません。なぜなら、重大な問題は平均点では消えないからです。
たとえば、
だったとしても、Vに業務を止めるほど重大な問題があれば、他の3項目が良好でも、その問題は消えません。
私はこれを、
赤を緑で相殺しない
という考え方で設計しています。
もう一つ重要なのが、停止条件です。
ある項目に、この条件なら続行してはいけないという重大な問題が存在する場合があります。その場合、他の項目の評価が良好だから続ける、とはしません。
STOPは総合評価とは別に扱います。これは、重大な問題を平均点の中に埋もれさせないためです。
仕事は航空とは異なり、「危険があるからすべて中止」では成り立たないことがあります。ある程度の不確実性やリスクを抱えたまま、仕事を続けなければならない場合もあります。
そこでWork-PAVEでは、Overrideという考え方を持たせています。
ただし、Overrideは、
「警告が出たけれど無視して続ける」
という意味ではありません。むしろ逆です。問題があることを理解した上で、
を明示した上で、人間が責任を持って続行を判断するという考え方です。
ここは、私がWork-PAVEを考える上でかなり重要にしている部分です。私は、
コンピューターに「この仕事をやれ」「この仕事をやめろ」と決めてもらいたいわけではありません。
最終的に判断するのは人間です。Work-PAVEが行うのは、判断する前に、判断材料を見える状態にすることです。
たとえば、「納期が厳しい」という一言で片付けるのではなく、実際には、
という複数の問題が重なっているかもしれません。それをPAVEに分けると、
となります。すると、単なる「忙しい」ではなくなります。何が問題なのかが見えるようになります。
Work-PAVEでやりたいことを一言で表すなら、
無理をしている事実を、無理をする前に見えるようにすること
です。仕事では、無理をしている本人ほど、自分が無理をしていることに気づかなくなることがあります。特に、
ほど、「これくらいなら大丈夫」と進んでしまうことがあります。
Work-PAVEは、その人に代わって判断するものではありません。一度、
本当に今、この条件で進めていいのか
と立ち止まるための仕組みです。
業務には、必ずしも一つの正解があるとは限りません。続けるべき案件もあれば、延期した方がよい案件もあります。条件を変更すれば続行できる案件もあります。
だからWork-PAVEでは、開始・続行・延期・条件変更・中止といった判断を、人間が考えるための材料を整理します。
システムが答えを出すのではなく、
人間がより良い判断をするための材料を作る。
それが目的です。
航空の世界では、「たぶん大丈夫だろう」だけで飛行することはできません。人、機体、環境、外部圧力。複数の方向からリスクを見ます。
一般の仕事でも、本来は同じではないでしょうか。人だけを見るのでもない。設備だけを見るのでもない。納期だけを見るのでもない。
人は大丈夫か。
資源は足りているか。
不確実なものは何か。
焦りや圧力で判断が歪んでいないか。
それらを一度並べてから、「では、どうするか」を人間が決める。それが、私の考えるWork-PAVEです。
P:Person — 人は大丈夫か。
A:Assets — 必要な資源は揃っているか。
V:Variables — 何が変わるか、何が分からないか。
E:External Pressures — 何に急かされているか。
そして最後に、
この状態を理解した上で、それでも進めるのか。
Work-PAVEは、その問いを投げかけるための仕組みです。人間の判断を奪うのではなく、人間が判断する前に、一度立ち止まれるようにする。私は、そういう業務の仕組みを作りたいと考えています。