ミスをした人への固定した印象が、仕事上の判断を偏らせることがあります。バイアスを完全になくすのではなく、「気づく」ことから始める考え方について。
昔は、「色眼鏡で見る」という表現をよく耳にしました。
最近では、それに近い意味合いで「バイアス」という言葉を日常的に目にするようになった気がします。
「確証バイアス」などは、仕事に関する記事やSNSでもよく見かける言葉です。
言葉のニュアンスはなんとなく分かっていても、「バイアスとは何か」と改めて聞かれると、意外と説明するのは難しいかもしれません。
バイアスとは、簡単に言えば、物事の見方や判断が、ある方向に偏ることです。
人間である以上、完全に偏りのない見方をするのは難しいものです。
だからこそ大切なのは、バイアスを完全になくそうとすることよりも、
「もしかすると、今の自分の見方にはバイアスがかかっているかもしれない」
と気づくことではないでしょうか。
たとえば、職場に「よく失敗する」という印象を持っている人がいたとします。
その人がまた何か失敗すると、
「またか」
と思ってしまう。
同じ失敗を別の人がしたときよりも、自分の沸点が低くなっていることもあるかもしれません。
すると、本来なら冷静に対処できる程度の問題であっても、そこに「怒り」という感情のフィルターが加わります。
目の前で起きた問題だけではなく、
「この人はいつもこうだ」
という過去の印象まで、一緒に処理してしまうわけです。
その結果、必要以上に強い言い方をしてしまったり、相手との関係をさらに悪化させたりすることも考えられます。
では、怒らないようにすればよいのでしょうか。
私は、そうではないと思います。
怒りを感じること自体が悪いわけではありません。
人間ですから、仕事をしていれば腹が立つことも、不満を感じることもあります。
大切なのは、感情そのものを否定することではなく、自分が今どのような状態にあるのかに気づくことではないでしょうか。
たとえば、
「自分は今、この人に対してかなり厳しい見方をしているな」
あるいは、
「ああ、自分はこの人に対して、こういう感情を持っているんだな」
と、自分自身を少し俯瞰して見てみる。
それだけでも、感情と仕事上の判断を少し切り離せるように思います。
「腹が立っている」という自分の感情を、無理に否定する必要はありません。
ただし、
「腹が立っていること」と、
「この問題を仕事としてどう処理するか」は別に考える。
ここを切り分けることは、とても大切だと思います。
目の前で起きた事実は何なのか。
どのような対応が必要なのか。
同じことを別の人がしていたとしても、自分は同じ判断をするだろうか。
そうやって一度立ち止まって考えることで、「人に対する感情」と「仕事として必要な判断」を分けやすくなります。
もちろん、毎回きれいに切り分けられるわけではありません。
それでも、
「今の自分は、少し色眼鏡で見ているかもしれない」
と気づくだけで、次に発する言葉や取る行動は少し変わるかもしれません。
こうしたことは、とても小さな話に見えるかもしれません。
しかし、職場のコミュニケーションは、こうした一つひとつの判断の積み重ねでできています。
誰かに対する固定された印象によって判断するのか。
それとも、目の前で起きている事実と、自分の感情をできるだけ分けて考えるのか。
その違いは、一度だけなら小さなものでも、積み重なれば職場の雰囲気にも影響していくのではないでしょうか。
そして、それがやがて、その組織における「当たり前」になっていく。
組織文化というものも、こうした日常の小さな判断の積み重ねによって形づくられていくのだと思います。
「バイアス」というと、少し難しい言葉に聞こえます。
さまざまな種類のバイアスを覚えることも大切ですが、まずはもっと身近なところから考えてもよいのではないでしょうか。
昔ながらの言葉で、
「自分は今、この人を色眼鏡で見ていないだろうか」
と、自分自身に問いかけてみる。
バイアスを完全になくすことは難しくても、自分の見方が偏っている可能性に気づくことはできます。
その小さな気づきが、仕事上の判断や人との接し方を少し変え、結果としてよりよい職場をつくる一歩になるのではないでしょうか。